グローバル化の問題点と対応策

グローバル化 問題点

「グローバル化は間違いなくいいことだ!」と思い込んでいる人は、日本では多いです。

「グローバル化」をあたかも明治時代に日本が経験した「文明開化」と同一視しているのだと思いますが、グローバル化と文明開化は全くの別物です。

そこで本記事では、グローバル化の問題点についてわかりやすく解説したいと思います。

グローバル化がもたらすもの

グローバル化によって資源(人・モノ・金・情報)が自由に移動するようになりました。

資源が自由に移動することによって企業間の競争は熾烈になり、競争を勝ち抜いた企業は「グローバル企業」として崇められます。

グローバル企業は巨大です。いわば大きいシステムといっていいでしょう。大きいシステムの誕生によって、効率的に商品・サービスが生産されるようになりますが、大きいシステムの誕生によって問題が発生することがわかっています。

問題その1)共同体の破壊

ある国や地域で法人税が安いとわかれば、企業は本社や工場を移します。

企業経営者はあくまでも合理的な判断を下さなければいけません。もし企業経営者が合理的な判断を下さなければ、企業経営者は株主から「アイツは会社の役に立っていない!」と後ろ指さされて株主総会で徹底的につるし上げられることでしょう。

実際問題として、Apple、Amazon、Google、Facebookなどの本社はアメリカにはありませんし、中国と米国が貿易戦争をするとなれば企業は米国や中国から逃げ出すのです。

去年まであった工場が移転するとなれば、工場で働いている人は失業します。多くの労働者が失業すれば、地元産業は大きな打撃を受けるでしょうし、労働者の消費をあてにしてた周辺産業も破壊されます。

問題その2)税負担の増加

グローバル競争によって、国は企業から選ばれる側の立場になってしまいました。どの国もグローバル企業を誘致しようと必死になります。なぜならばグローバル企業がその国や地域にあるというだけで、国も地方自治体も潤うからです。

国や地域がグローバル企業に選んでもらうためには、どうすればいいでしょうか?

ズバリ答えは「法人税率を下げる」です。「法人税下げるから、お願いですから日本から逃げ出さないでください!」という具合に、国は企業に配慮するわけです。

しかし国は税収を減らすわけにはいきません。で、どうするか?ズバリ答えは「法人税を下げるかわりに、国民の負担を増加させる」です。

その証拠に日本では、消費税が3%、5%、8%と増加する一方で、法人税は減少し続けています。

問題その3)格差の拡大

税負担が大きくなると、消費や自己投資するのが怖くなります。その結果として「リスクをとりたくない!」とばかりに挑戦しない国民が増加しますが、残念ながらそういう人は停滞します。

その一方で、「リスクをとって挑戦しないと停滞してしまう!」ということを理解し、がむしゃらに行動し、新しいことに挑戦する人もいます。

すると挑戦しない人と挑戦する人の格差はますます広がり、格差の広がりがますます共同体を破壊を助長するようになります。なぜならば、共同体は分厚い中間層がなければ成立しないからです。

格差が広がると、世の中がギスギスしてきます。ようするに社会全体に、余裕がなくなってくるのです。余裕がなくなるとますます「停滞する人」と「挑戦する人」の差は広がり、その格差は子どもの将来にも影響を与えます。

問題その4)疎外感

コンビニ、Amazon、UBER eats、などの巨大なシステムでは、機械のように働くことが推奨されます。

コンビニではレジで会話することもありませんし、Amazonでは1、2クリックで商品が届きますし、UBER eatsではアプリ上で注文も決済も完了します。

いずれのシステムも、驚くほど便利です。しかし便利にも落とし穴があるのです。

わたしたちは、コンビニにせよ、Amazonにせよ、はじめのうちは「便利だから」という理由で利用していたはずですが、そのシステムになれると「システムがないと生きていけない」という状態になります。つまり大きなシステムに支配されるようになるのです。

コンビニやAmazonの影響によって倒産した中小企業は山ほどありましたが、コンビニやAmazonがこの世からなくなったとしても、かつて姿を消した中小企業が都合よく復活するわけではありません。一度壊れたものは、そう簡単に修復されないのです。

つまり大きなシステムのなかでは、労働者は機械のように働くことを推奨されるだけでなく、入れ換え可能な存在として機械の部品のように扱われます。また消費者としても、人とのつながりを分断されて「疎外感」に苛まれるようになるのです。

問題その5)匿名性

大きなシステムのなかでは「匿名性」が大事にされます。名前のある人間同士の関わりですら、グローバル化競争では「非効率の原因」だと断罪されてしまうのです。

その証拠にコンビニで買い物をするとき、レジを打っている店員さんの名前を気にする人はほとんどいないし、レジを打っている店員さんだって消費者の名前を知らないし顔だって覚えていません。

実際問題として、もしあなたがコンビニで会計の列に並んでいるときに、レジで会計している店員とお客さん同士が雑談しはじめたらどう感じますか?きっと「早くしてくれよ~」と思ってしまうのではないでしょうか?

さて、日本では匿名性というと、SNSやインターネット上でのやり取りを思い浮かべる人が多いでしょうが、お互いに実名も知らないし、お互いのプライベートに興味があるわけではありません。

匿名性が確保された人間同士がつながる唯一ポイントは、「ノリが合う」ということだけだったりします。

ノリの合う人間同士がつながることはいいことだ。。。と思うかもしれませんが、必ずしもそうではありません。

ノリが合う人間同士だけでつるむようになると、人間は「見たいモノだけを見て、見たくないものは見ない」という状況を正当化するようになります。

日本国民の多くが新聞を見ていた時代であれば、興味がある情報であってもざっと目を通すということがあったでしょうが、インターネットやSNSの文化ではそうはならないのです。

特定のウェブサイトだけの情報を鵜呑みにするとか、特定の発信者からの情報だけを信じるとか、気にくわない情報を発信する人を無条件に攻撃するようになってしまうのです。

問題その6)政治が暴走しやすい

グローバル化によって、共同体が破壊され、匿名での人間関係が助長され、疎外感を感じつつも格差が広がっていくと、政治が暴走しやすくなります。

例えばインターネット上で垂れ流されるフェイクニュースや暴論を信じてしまう人がとても多いのです。

場合によっては、既存の大手メディアがフェイクニュースをそのまま引用することもあり、「何が本当かわからない」という状況が生まれます。

何が確からしい情報かわからないという状況なかで、「見たいモノだけを見て、見たくないモノは見ない」という姿勢でいると、「真実なんてどうでもいい」という気持ちになります。(「真実なんてどうでもいい」という状況のことを「ポストトゥルース」といいます。)

そして「真実なんてどうでもいい」という状況が加速すると、何が正しいか?ということよりも、「誰が発言したか?」のほうに力点が置かれることも多々あります。

実際に「わたしの発言だから、正しいのです。」と悪びれるわけでもなく発言する政治家は、日本でも誕生しています。

また疎外感や格差の広がりを感じている人は、鬱屈した気持ちを抱えるようになるのですが、その鬱屈した気持ちを利用されてしまうこともあるのです。

実際に、2016年の米国大統領選挙では、一部の有権者の感情はFacebookに表示される広告によってコントロールされました。

グローバル化への対策

グローバル化による弊害を理解した結果、「グローバル化を破壊する!」と過激な主張をする人もいますが、個人の力で止められるほどグローバル化の波は生やさしいものではありません。

現にグローバル化を嫌悪している人ですら、「便利だから」という理由だけでコンビニやAmazonを利用し続けたりします。

そこで今回提案したいのは、グローバル化によって過剰に思想や感情を支配されないための処方箋です。

グローバル化に心もカラダも支配されないためには、「顔が見える人間関係を大切にすること」です。ようするに「仲間を大切にする」ということを提案したいと思います。

あなたには愚痴を聞いてくれる人はいますか?根拠もないアホらしい発言を訂正してくれる人はいますか?

仲間がいれば必要以上に鬱屈した感情に溺れることもないはずです。

仲間がいればフェイクニュースなどを訂正してくれるはずです。

仲間がいれば「三人寄れば文殊の知恵」を実践することができるはずです。

最後に

グローバル化の世界で活躍している人達ほど、仲間を大切にしています。

実際、ユダヤ人にせよ、華僑にせよ、世界中に仲間をつくることに熱心です。いざとなったら頼ることのできる血縁ネットワークの大切さを理解しているのです。

仲間をつくるのは骨が折れる作業かもしれませんし、一朝一夕に手に入るものでもないし、お金を支払ったら成立するものでもありません。

しかしカンタンに構築できないし、手に入らないからこそ、いざという時に頼りになるのです。