農奴とは?奴隷と何が違うのか?

農奴 とは

農奴とは?とGoogleで検索すると、以下のような説明が表示されます。

封建社会で領主に使われる、奴隷(どれい)と農民との中間的身分の、農業労働者。

しかし日本人のわたしたちにとっては、わかりにくい説明です。なぜならば、そもそも「奴隷」についてよくわかっていないからです。

結局のところ「農奴と奴隷は同じようなもの」という認識のままスルーしてしまうのではないでしょうか?

そこで農奴についてもう少しかみ砕いてわかりやすく解説したいと思います。

農奴と奴隷の違い

英語で農奴はserf(サーフ)、奴隷はslave(スレイブ)といいますから、農奴と奴隷は明確に異なる概念です。どのような違いがあるのかみていきましょう。

日本人からすれば、古代ギリシャの奴隷、アメリカ南部の奴隷と、中世ヨーロッパの農奴は同じよなものだと認識されがちですが、決定的な違いがあります。

決定的な違いとはズバリ「農奴は土地とセットになっていたが、奴隷はそうではなかった」という点です。

社会の教科書では農奴は「土地に縛り付けられていた」とネガティブな意味で説明されることが多いですが、土地に縛り付けられることで奴隷よりもマシな生活を保障されていたのです。

バラ売り禁止

奴隷の場合は、牛や馬と同じように扱われていたので、奴隷が子どもをつくった場合、持ち主は子どもを親から引き離して売られても文句を言えませんでした。

その一方で農奴はあくまで土地とセットの存在でしたから、奴隷のように家族がバラバラにされることがなかったのです。

そもそも農奴の役割は、決められた土地を耕すことですから、もし子供だけが他の所有者に売却されてしまっては、後継ぎがいなくなってしまいますから、農奴の所有者である領主にとってもバラ売りは望ましいことではありません。

ちなみに農奴は奴隷よりは幾分かマシな身分でしたが、土地に縛り付けられるデメリットもありました。

例えば領主同士が争った結果、農奴の土地が新しい領主さまのものになったとします。その場合、どれだけひどい領主さまであっても拒否することはできなかったのです。

奴隷は商品

先ほど「農奴は土地とセットになっていたため、家族がバラバラにされることがなかった」と説明しましたが、これがどれほどありがたいことであったか説明するために、アメリカの奴隷制度んについてカンタンに補足しておきます。

奴隷と一口にいっても、時代や国によって扱いは大きく異なります。

例えば古代ローマのギリシャ人奴隷には知識人として尊敬された人もいたし、古代中国では奴隷出身から出世した人も数多くいました。

古代中国、奴隷出身の宰相

殷の傅説(ふえつ)、秦の百里奚(ひゃくりけい)、斉の管仲(かんちゅう)等

その一方でアメリカの奴隷制度は、資本主義経済における「商品」と扱われたため、悲惨な境遇におかれました。

人間ではなく商品として扱われたため「投棄」されてしまうこともありました。例えば、アフリカから船でアメリカ大陸に向かう途中に、海に捨てられた奴隷もいました。

ゾング号事件

奴隷を海に捨てた事例としては、1781年にイギリスの奴隷船ゾング号の船員がアフリカ人奴隷を船から海に落として死亡させた事件が有名。船員の過失により船が水不足になり、奴隷の全滅を防ぐため一部の奴隷を海に投棄したが、船員が殺人罪に問われることはなかった。

最後に

農奴は土地に縛りつけられた存在でしたが、土地に縛り付けられていたからこそ、領主の貴重な収入源であり大切にされる存在でした。

農奴のなかには、貨幣経済の発達とともに豊かになり自由農民になるものも現れましたが、農奴から自由農民という身分を獲得できたのも「土地に縛り付けられていたからこそ」だったのです。

農奴の存在は、中世ヨーロッパの歴史を理解する上で重要なポイントですので、是非とも頭の片隅に入れておきましょう!