多数決は正しいのか?

多数決 正しいのか

突然ですが、質問です。

以下の2つの問いはそれぞれ正しいでしょうか?

正しい?正しくない?
  1. 多数決は民主的な意思決定手法
  2. 多数決で下された結論は正しい

多数決の歴史

多数決の歴史を振り返れば、多数決は、民主主義とも、正しさとも関係が全く関係がないということがわかると思いますので、順を追って解説していきたいと思います。

古代ギリシャ

古代ギリシャの哲学者プラトンは民主政治を深く恨んでいました。なぜならば、プラントの師であるソクラテスの命を奪ったのは、古代ギリシャの民主政治だったからです。

またイエスキリストが磔の刑に処されたのも、民衆の多数意見に流されたことがきっかけだったといわれています。

古代ローマ時代の権力者は、多数決の原理で政治をすることの危険性を理解していたので、当時は民主主義=「衆愚政治」だと認識していました。

中世ヨーロッパ

衆愚政治を避けるために、中世ヨーロッパにおいては「全会一致」が政治的な決定の原則でした。

例えば中世ヨーロッパの騎士について書かれた物語を読めば、騎士が集まって決議をする際には、全員が自分の剣を掲げて喝采するのが基本でした。

さて、全会一致の原則を守れば決定者が仲たがいすることはありませんが、「決定に時間がかかる」というデメリットもあります。

そこで12世紀には、ローマ教会が法王を決める手続き(コンクラーベ)で多数決が用いられるようになるのです。

しかし多数決が採用されたコンクラーベですら決定に長い時間がかかるため、2005年のヨハネ・パウロ2世の死去にともなうコンクラーベの時は日本では「コンクラーベは根比べ」というダジャレが流行したほどです。

そして多数決の論理は、次第に中世ヨーロッパの議会における意思決定に利用されることになるのです。

見過ごせない事実

これまで説明してきた歴史的な事実において見過ごせないポイントが2つあります。

ポイントその1)民主政治とは関係がない

さきほど中世ヨーロッパの議会において、多数決が用いられたと説明しましたが、ここでいう「議会」とは民主的な議会ではありませんでした。

議会の参加者は、王様と貴族でした。また多数決を用いた理由は「全会一致で決めていたのではいつまでたっても税金が徴収できないから」という理由であり、正しさを追求したわけではありませんでした。

ポイントその2)正しさとも関係がない

さきほど紹介した「コンクラーベ」(ローマ教会が次期法王を決める手続き)ですが、多数決を導入したからといって、法王がスムーズに決定されるわけではありません。

コンクラーベにはギリシャ語で「鍵で閉める」という意味があり、選挙に参加する枢機卿(最高位の僧)は、新法王が決まるまで部屋のかかった部屋に閉じこもらなければいけません。

コンクラーベの決まりでは、2/3以上の得票数を得たものが新法王になりますが、多数決といっても「票の多いほうが勝つ」という単純なものではありません。

多数決が導入された初期のコンクラーベでは、得票数が2/3以上に到達しなければ延々と投票を繰り返したのだそうです。

つまり「多数決が正しい」だなんて、理屈を本気で信じている人はいないということです。

多数決の取説

多数決は効率的に物事を決めるための約束事にすぎません。

ですから、意思決定に多数決を採用しているからといって民主主義を実践しているわけでも、正しさを追求しているわけでもないのです。

本当に民主主義を実践したい、正しさを追求したいと願うのであれば、安易に多数決に頼らずに「考え続ける」必要があるのです。

多数決に頼って少数派の意見を無視して判断を下すのは、民主主義というよりは「独裁」、正しさを追及するというよりは「思考停止」を意味しているというわけです。

つまり多数決を適用すべき議論は、「決められた時間内で決めなければいけないこと」に限定するのが適切です。

例えば、議会において「来年の予算を決めないと行政の業務に支障がでる」とか、キリスト教において「法王位を空白にするのはよろしくない」などの理由が該当します。

少なくとも「困ったら多数決」というスタンスで、あらゆる決定において安易に多数決を用いるのはおススメできません。